小学校教科書は8社が連載した。「かぼちゃのつる」が酷いと聞いて全部読んでみた

小学校教科書は8社から出ているのだが、なんとこの読み物は全社がそろって載せている。
だがこの作品には批判的な意見を多く見かけたので、全文を読んでみることにした。

<かぼちゃの つる>
あめいろの お日さまが、ぎんぎら ぎんぎら、まぶしい あさです。
かぼちゃばたけの かぼちゃのつるは、ぐんぐん ぐんぐん、のびていきました。
「ぼく、こっちへ のびよう。」
かぼちゃのつるは、はたけのそとへ のびていきました。
「かぼちゃさん、かぼちゃさん。」
みつばちが とんできて、よびかけました。
「なんだい、みつばちさん。」
「あのね。そっちへ のびては だめですよ。そこは、人のとおるみちですよ。」
「人のとおる みちだって、そんなこと かまうものか。ぼくみちふさいで しまうんだ。」
かぼちゃのつるは、そう いって、ききません。
みつばちは、ぶーん ぶーん。むこうへ とんで いきました。
「かぼちゃさん、かぼちゃさん。」
こんどは、ちょうちょが とんできて、はなしかけました。
「なんだい、ちょうちょさん。」
「あのね。こちらへ のびるより、そちらへ のびたほうが いいですよ。
あなたの はたけは、まだまだ、すいていますよ。」
「いやだい。ぼく、こっちへ のびたいんだい。よけいな おせっかいなど しないでおくれ。」
かぼちゃのつるは、ちょうちょの ちゅういも、きこうとは しません。
ちょうちょは、ひらひら ひらひら、みちの むこうの すいかばたけへ とんでいきました。
かぼちゃのつるは、みちを こえて、すいかばたけに のびていきました。
「かぼちゃさん、かぼちゃさん。」と、すいかのつるが よびとめました。
「なんだい、すいかさん。」
「あのね、ここは わたしの はたけだから、はいってこないでくださいよ。」
「なんだと、けちけちするない。ちょっとくらい はいったっていいじゃないか。」
かぼちゃのつるは、すいかの たのみなど、きこうとは しないで、ぐんぐん ぐんぐん、すいかばたけのなかに のびていきました。
すいかばたけにはいりこんだ かぼちゃのつるは、すいかのつるの上を、へいきなかおで のびていきました。
「かぼちゃんさん かぼちゃさん、そんな らんぼうを しないでくださいよ。」
すいかのつるは、かなしそうに たのみましたが、かぼちゃのつるは、すこしも きこうとは しません。
「かぼちゃくん、かぼちゃくん。」
そこへ、こいぬが とおりかかって、はなしかけました。
「なんだい、こいぬくん。」
「ここは、ぼくや 人の とおるみちだよ。こんな ところに のびてはこまるよ。」
「ぜいたく いうない。またいでとおれば いいじゃないか。」
かぼちゃのつるは、いじわるそうに こたえました。
「なんだと。おとなしく いえば いいきになって、なんてことをいうんだい。」
こいぬは おこって、かぼちゃのつるを、どしん どしん、ふみつけました。
「へっへへへ…………。おまえなんかにふまれたって、へいきのへいきさ。」
かぼちゃのつるが、へいきな かおを しているので、こいぬは あきらめて むこうへいって しまいました。
ごとん ごとん ごとん ごとん。にぐるまを 人が ひいて、きました。そして、あっというまに、
くるまのわで、かぼちゃのつるを きって しまいました。
「いたいよう、いたいよう、あーん、あーん…………。」
かぼちゃのつるは、ぽろぽろ。ぽろぽろ、なみだを こぼしてなきました。
お日さまは、あいかわらず、ぎんぎら ぎんぎら、てりつけていました。
小学二年生の教材とのことですが、この教材を重視する道徳性とは何かを考えると
かなり恐ろしい。
一言で言えば。士農工商か。
それぞれ生まれついた役割を逸脱するなということ。
完全な階級社会を教え込む教材か?
無慈悲に、かぼちゃのツルを切った荷車は巨大権力。
彼らは何を踏みにじっても何も感じることなく、それが当然の権利として存在する。
そんな潜在的意識を植え付けるための教育にも見えなくもない。
まぁ、いずれにしても道徳に点数を点けることのアホさは周知の通りだが、
こういう教材を何年間も読まされ、点数を点けられて育つ子供が大人になることを考えると寒気のする話しであることは間違えない。

 

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